三河 馬呂遺構
Baro historic site

馬呂遺構跡【愛知県新城市作手清岳字大バロ】

【立地】平地

【歴史】年代は不明である。亀山城跡南西に位置し、畝状土塁で囲まれた方形区画が幾つか存在する。
奥平氏関連のもので、中世末期、中下級武士の屋敷として築いて放置されたものとされるが、推測の域
を脱しない。現在は山林となり、曲輪、土塁、溝〔堀〕が残る。

【所感】国道301号線清岳信号を南へ進み、左2本目〔道の駅手前〕の道を入り、道なりに進みます
。三叉路を右へ曲がり、亀山城跡南登城口前の駐車場に車を止めます。更に歩いて舗装路道を進み、左
へ折れる場所に武家屋敷跡の木碑、50m程進んだ道の両脇が高くなる場所が馬呂遺構〔武家屋敷跡〕
になります。笹に覆われて分かり辛いエリアもありますが、特に東エリアは土塁や溝で方形に仕切られ
ていることが確認出来ます。


 

武家屋敷址の木碑〔写真:左〕曲輪端の土塁〔写真:右〕

 

曲輪を仕切る土塁〔写真:左〕曲輪を仕切る溝〔写真:右〕