尾張 東浜御殿
Higashihama Palace

     東浜御殿跡【愛知県名古屋市熱田区内田町】
春日井市立中央公民館【愛知県春日井市柏原町1丁目97−1 】

【立地】平地
【別称】東御殿・お茶屋御殿

【歴史】1624年尾張藩初代藩主徳川義直が造営したもので、幕府高官、公家、大名の客
館として使われた。七里の渡し船着場の東、神戸の浜〔現在の宮の渡し公園〕から海〔現在
の新堀川河口〕へ突き出た方形の埋立地〔出島〕であったと云う。1673年に殿舎が一時
取り壊され、後に再興されるが、1873年完全に取り壊される。現在は宮の渡し公園とな
り、大部分は新堀川の川中に眠る。春日井市立中央公民館に御殿の門が移築されている。


【所感】県道225号線、国道247号線が交差する内田橋、新内田橋の西側北岸に宮の渡
し公園が在り、この公園の沖〔河口〕に東浜御殿の出島が在りましたが、残念ながら今はも
う影も形も無い状態です。旧東海道が直ぐ横を通る地で、周辺には丹羽家住宅、西浜御殿跡
、赤本陣跡、徳川家康幼時幽居地など歩いて周れる旧跡が幾つか在ります。その際は七里の
渡し跡に在るステンレス製の看板が役に立ちます。春日井市立中央公民館の入口右手に「尾
張藩御浜御殿の門」が在ります。





宮の渡し公園・東浜御殿跡辺り

 

移築 尾張藩御浜御殿の門〔写真:左〕熱田湊常夜灯〔写真:右〕

 

七里の渡し船着場跡