三河 大野城
Ono castle

  大野城跡【愛知県新城市大野字稲谷下・字柿田】
久保設備工業【愛知県新城市大野字小林5−5】

【立地】平山城

【歴史】南北朝時代(1336〜1392年)、南朝方の忠臣足助次郎重範の一族鈴木喜三
郎が来住し、城山〔標高160m、比高50〕に築いたことに始まる。麓に居館を構え、大
野一帯を領有したが、1384年に死去。子の玄喜に継がれ、16世紀初期まで鈴木氏の所
領であったが、永正年間(1504〜1521年)〜天文年間(1532〜1555年)は
菅沼氏領となり、今川氏に属した田峯菅沼宗家3代定広の四男定氏に与えられた。1556
年奥平貞勝、田峯菅沼宗家4代定継らが今川氏を離れて織田方に属した為、弟定氏、定仙は
大野城に在って定継と戦ったと云う。現在は主郭に城山八幡が祭られ、曲輪、堀切が残る。


【所感】国道151号線大野信号交差点から東へ進み、突き当たりを左へ曲がり、右2本目
を入ります。突き当たりに「古き山城跡の残る城山」の看板が在り、矢印の方向へ100m
程進むと、右手「古き山城跡の残る城山」の題目で歴史看板が在り、ここが登城口になりま
す。久保設備工業の40m程先です。「古き山城跡の残る城山」の看板に従って登城道を進
むと、主郭に着きます。堀切は主郭から尾根伝いに進んだ奥に在ります。


 

登城口の歴史看板〔写真:左〕登城道〔写真:右〕


 

主郭西側の段郭〔写真:左〕主郭の城山八幡〔写真:右〕

 

主郭東側尾根続きの浅い掘切〔写真:左〕主郭東側の段郭〔写真:右〕