尾張 大野城
Ono castle

      大野城跡【愛知県一宮市浅井町大野字東堤外】
大野極楽寺公園管理棟【愛知県一宮市浅井町大野字小屋裏1400】

【立地】平城
【別称】大野氏宅

【歴史】時期は不明。大野伊賀守の屋敷とされる。京都の岩清水八幡社祠官を退き、尾張国
葉栗郡若宮地村〔岐南町〕に移住したが、信長より八町四方の城屋敷を賜り、当地へ移った
と云う。後に大野佐渡守定長が居住したと伝わるが、大野修理亮治長は定長の子である。1
584年「小牧、長久手の戦い」では下奈良・宮後・河田の砦と共に秀吉方の砦として利用
された。治定の子大野才兵衛治久は、1600年「関ヶ原の戦い」の前哨戦で、東軍の先陣
一柳直盛の兵を案内して、岐阜城攻めに参戦した。現在は公園に変わり、石碑が立つ。

【所感】南派川の南、河田橋の南西に大野極楽寺公園、大野球場が在りますが、大野球場東
隣りの練習用グランド南端〔字東堤下〕に大野城跡の石碑が在ります。トイレの前です。石
碑の存在を知らずに行きましたが、グランドの南に石碑らしきものが見えたので、近づいて
みたら、歴史が書かれた石碑と城跡碑が在りました。





大野城址の碑・グランドの南