美濃 今城
Ima castle

 今城跡【岐阜県可児市今】
今公民館【岐阜県可児市今2008】

【立地】丘城

【歴史】天文年間(1532〜1554年)、丘陵部先端の愛宕山〔標高152m、比高2
0m〕に土豪の小池刑部家継が築いたとされる。1582年以降、美濃金山城主森氏の改修
が推測されるが、時期は、1584年「小牧、長久手の戦い」の頃と思われる。森氏が美濃
金山城に入城した後、小池氏は帰農したと伝わる。現在は土塁、堀切、井戸跡が残る。

【所感】可児市は「第26回全国山城サミット可児大会」を開催したことから、散策しやす
いように駐車場の設置や散策路の整備が行われました。今城跡もその一つで、駐車場を今公
民館に定め、城内は散策路や遺構看板が設けられました。本曲輪に縄張図のチラシが有りま
すので、これを見ながら歩かれると良いかと思います。大手口の看板に絵図があり、現在、
この絵図に基づいて「大手口」→「三の曲輪」→「二の曲輪−本曲輪間の堀切」へ登る経路
になっていますが、本曲輪にあるチラシでは「枡形虎口」→「三の曲輪」→「二の曲輪」→
「土橋」→「本曲輪」の順になっており、護りの面から考えるとこちらになると思います。
三の曲輪からは直接行けませんが、二の曲輪に上がって北端に行くと、土塁上を歩いて三の
曲輪へ降りることが出来、ここが二の曲輪虎口になります。二の曲輪と本曲輪は段差に加え
て堀切と土橋を設け、丸太段を上った場所が本曲輪虎口になります。本曲輪は北・東・南に
土塁を設け、西側〔三の曲輪側〕は高い切岸で防御しています。今は分かり辛いですが、本
曲輪の南側・東側には横堀も在ったようです。コンパクトな城ですが、堀切・土塁・枡形虎
口など一通りの土木遺構が揃う分かり易い城跡です。





駐車場・今公民館



大手口



三の曲輪南エリア西端の土塁



井戸跡・三の曲輪南エリア



三の曲輪南エリア



三の曲輪北エリア



枡形虎口・三の曲輪北エリア



二の曲輪虎口



二の曲輪





本曲輪−二の曲輪間の土橋と堀切



本曲輪北端から東端の土塁



本曲輪東端の土塁



本曲輪



本曲輪南端の食い違い虎口



本曲輪南側の空堀跡



本曲輪東側の空堀跡