三河 高力城
Koriki castle

高力城跡【愛知県額田郡幸田町高力字熊谷】
 山泉寺【愛知県額田郡幸田町高力字熊谷45】
 正楽寺【愛知県額田郡幸田町大草字寺西6】

【立地】平城
【別称】高力村古城

【町指定史跡】

【歴史】15世紀頃、熊谷正直〔直長〕の築城とされる。熊谷氏は熊谷直実に始まり、直家―直重―直
忠―忠重を経て、直鎮が足利尊氏に属し、地頭職に補されて三河国八名郡に居住した。直氏―重直―清
直―実家―長直を経て、重実の時、宇利庄へ移住。実長から今川氏に属し、正直〔直長〕は高力郷へ移
住、重長は高力姓を名乗り、松平氏に仕えた。1530年安長の子として高力清長が生まれる。156
3〜1564年「三河一向一揆」の際、戦火から仏像を守ったことから「仏高力・鬼作左・どちへんな
きは天野三郎兵衛」と呼ばれ、1565年家康の信任を得て高力清長・本多重次・天野康景は三河三奉
行に任ぜられた。その後も「遠州平定戦」「小牧、長久手の戦い」に参戦し、1590年家康関東移封
に伴い、清長も武蔵国岩槻藩主2万石の所領を得、1592年「文禄の役」では戦艦造船を担当し、家
康の覇業に貢献した。1600年「関ヶ原の戦い」の後は隠居し、孫の忠房に家督を譲り、1608年
に没した。正楽寺に墓がある。場所は山泉寺北の集落とされ、相見川沿いに石碑が立つ。

【所感】相見川に架かる県道483号線熊谷橋の袂に石碑が在ります。国道248号線から来た方が分
かりやすいと思います。高力氏は強そうな名前ですが、やさしい心の持ち主です。





高力城趾碑



高力清長公の墓・正楽寺