三河 小鷹城
Kotaka castle

      小鷹城跡【愛知県北設楽郡設楽町東納庫字小鷹山】
     名倉郵便局【愛知県北設楽郡設楽町東納庫字船石13−2】
名倉カントリークラブ【愛知県北設楽郡設楽町東納庫字丸根】

【立地】山城
【別称】大平村小鷹城・二の宮砦

【歴史】築城年は定かではない。仏庫裡〔標高1072m〕の北450mの小鷹山〔標高1
022m〕と小鷹山の北180mの尾根先端〔標高1008m〕に築かれた山城で、『三河
国二葉松』に戸田加賀守が城主とある。戸田氏は名倉奥平喜八郎の別名で、『北設楽郡史』
の「奥平監物の六男貞次喜八郎名倉に住す」にある奥平貞次の子信光も同じく喜八郎を称し
ている。奥平信光は作手奥平氏の分流で、今川氏→徳川氏→武田氏に従い、1575年「長
篠の戦い」で徳川軍に属して戦功をあげている。1600年「関ヶ原の戦い」の後、松平忠
吉の家老として清州城へ入り、この頃、奥平氏→戸田加賀守に改称、信光の子定光は尾張徳
川家に仕えた。小鷹城は名倉奥平姓を名乗っていた頃の大平城〔現:名倉カントリークラブ
内で消滅〕の詰城と考えられる。現在は山林となり、曲輪が残る。

【所感】小鷹城跡は2ヶ所〔A:二宮大神の祠が在る場所/B:小鷹神社の場所〕を指して
いうこともあれば、個々にA:二の宮砦跡/B:小鷹城跡と呼ばれることもあり、よく分か
らない。A⇔B間が180m離れている点もハッキリしない理由なのかも知れない。登城口
は名倉郵便局から国道257号線を900m南下した右手の町道387号線名倉宇連線〔ゴ
ミステーション・町道標識アリ〕へ入り、次に1.5キロ程走った右手〔仏庫裡・小鷹城址の
看板アリ〕の林道段戸208号線〔舗装路〕へ入ります。4.3キロ程走った左手「小鷹城址
・登り口」の看板がある場所が登城口で、少し先に駐車スペースがあります。登城口から砂
利道を100m程歩いた突き当り〔無記名の白い看板アリ〕を左へ曲がり、アップダウンを
繰り返しながら400m程歩くと、小鷹神社が建つ小鷹城跡B、更に180m程奥へ進むと
二宮大神の祠がある小鷹城跡Aに着きます。登城道は終始2m前後の道幅で、階段も無く歩
き易い道です。小鷹城跡Bは勾玉のような形をしており、神社周辺は平坦で、登城道側に突
き出た部分は若干高く、櫓台のような雰囲気です。小鷹城跡AはBよりも広く南北に長い曲
輪で、二宮大神の祠辺りは平坦ですが、祠の背後は東と西で段差が見られます。私は仏庫裡
に一旦登り、山頂から北へ下る登城道と思っていましたが、仏庫裡の西側を通る登城道とは
思いませんでした。不寝見平砦跡へ行く場合は、仏庫裡へ登ることをお薦めします。







小鷹城跡登城口までの道



















登城口→小鷹城跡Bの登城道















小鷹城跡B・小鷹神社













小鷹城跡B→小鷹城跡Aの登城道







小鷹城跡A・二ノ宮砦跡