陸奥 黒石陣屋
Kuroishi jinya

               黒石陣屋跡【青森県黒石市内町】
黒石市民文化会館・黒石市勤労青少年ホーム【青森県黒石市内町24-1】
                黒石神社【青森県黒石市市ノ町18】

【立地】丘地
【別称】黒石城・烏城

【歴史】1656年2月、弘前4代藩主津軽信枚の叔父で後見人の津軽信英が平内3000
石と上野国勢多郡2000石、計5000石を分知され、黒石に居住、旗本となり、江戸城
書院番を勤めた。1662年信英没後、嫡子信敏が継ぎ、弟信純に1000石を分知した。
その後、政兕-寿世-著高と続き、1791年6代寧親は弘前8代藩主を相続。7代典暁を
経て、1809年8代親足が蔵米6000石を分与され、1万石で黒石藩を立藩した。その
後、順徳-承保と在封し、1871年11代承叙の時、廃藩となる。現在は市民文化会館、
公園などに変わり、曲輪、堀が残る。

【所感】黒石市勤労青少年ホーム、及び、黒石市民文化会館辺りが陣屋跡で、その南西の御
幸公園が馬場、橋を渡った南が蝦夷館になります。馬場-蝦夷館間に長さ25m程の堀が在
り、唯一の遺構を見ることが出来ます。御幸公園奥に「黒石城趾の石碑」と「幕末の黒石陣
屋絵地図」の看板が在り、看板から陣屋のおよその場所が分かります。御幸公園の東方30
0m程に在る黒石神社は、津軽信英を御祭神とする神社です。




黒石陣屋跡・黒石市民文化会館



黒石陣屋大手門付近・黒石市民文化会館北側



藩政時代の廊門・黒石神社神門



黒石城趾の石碑・御幸公園



馬場-蝦夷館間の横堀



蝦夷館跡