三河 クロヌタ砦
Kuronuta fort

      クロヌタ砦跡【愛知県豊田市黒田町高ススキ】
名古屋市野外学習センター【愛知県豊田市富永町ヨシガタイラ15】

【立地】山城
【別称】クロヌタ峠物見

【歴史】時期、城主は不明。田津原から富永を経て、黒田へ至る道の途中、標高853mの
黒田峠〔クロヌタ峠〕に在ったとされる砦。現在は山林、ハイキングコースとなり、狭い平
坦地がある。

【所感】国道153号線小田木信号交差点を北へ曲がり、富永調整池を経て、名古屋野外学
習センターへ向います。宿泊棟・食堂棟・センタープラザ・管理棟・体育館などの施設が在
りますが、体育館〔乗用車駐車場〕の手前「林道富永2号線(終点)」から林道〔砂利道〕
を入ります。100m程進むと、左手に重臣洞の石柱と看板が在ります。
『重臣洞』重臣が
戦死した場所、或いは重臣が集まって作戦会議を行った場所と伝わる。
更に100m程進む
と、右手に「テニスコート8面・陸上競技場→」の看板が在り、ここから丸太段を降りて1
00m程進むと、左手に戦人塚の看板と石碑が在ります。
『戦人塚』戦国時代、合戦で戦死
した将兵の遺体を集めて葬った塚と伝えられる。ここは田津原川の水源であり、塚から出た
血が七日七夜この川を染めたと伝わる。
林道へ戻り、1100m程走ると、左手に勝負ヶ平
の看板が立っています。
『勝負ヶ平』両軍が勝敗を決した場所。沢山の菖蒲が自生していた
ことから菖ヶ平と称したとの説もある。
更に600m程走ると、キャンプ場・林道富永2号
線の起点に着きますが、その右側手前の「やまびこコース入口」が床几の峠への道です。キ
ャンプ場で管理作業をされている方に到達時間を確認して登り始めましたが、急傾斜の長い
登りから入り、最初の頂を過ぎても看板が見えないので、徐々に嫌な雰囲気がして来ました
。“もしかして話に聞くよりも長いのでは…”。地図上では800m程の距離ですが、実際
にはアップダウンもあって、かなり歩いていると思います。やまびこハイキングコース入口
にオリエンテーリング用と思われる1番ポストがあり、鉄塔の場所に2番ポスト→最初の頂
辺りに3番ポスト→谷を経て→次の頂の手前に4番ポスト→そして最高所に床几の峠の石柱
・看板が在ります。
『床几の峠』標高850mの富永で最も高い山。某将がここに本陣を置
き、全軍を指揮した場所と伝わる。
更に先へ進むと、7番ポストを過ぎた頂がクロヌタ砦跡
となりますが、私は床几の峠で引き返し、車で野球場の南側から始まる「林道寺洞裏山2号
線」を走って、標高853mの山頂〔クロヌタ砦跡〕近くから再び入りました。クロヌタ砦
跡は特に標柱が在るわけでは無く、三角点らしき柱が立っているだけです。それぞれ看板の
内容から、周辺は戦場であったようですが、具体的な時期、誰と誰の戦かは分かりません。


 

林道富永2号線(終点)の看板〔写真:左〕重臣洞の石柱と看板・林道富永2号線終点から100m〔写真:右〕

 

戦人塚入口・林道富永2号線終点から200m〔写真:左〕戦人塚の看板〔写真:右〕



戦人塚の石碑

 

勝負ヶ平の看板・林道富永2号線起点から600m〔写真:左〕林道富永2号線(起点)の看板〔写真:右〕

 

床几の峠への山道・やまびこコース入口〔写真:左〕床几の峠の石柱と看板〔写真:右〕



クロヌタ砦跡辺りか