尾張 師長屋敷
Moronaga residence

嶋川稲荷社【愛知県名古屋市瑞穂区土市町1丁目】

【立地】平地
【別称】藤原師長屋敷

【歴史】1179年11月14日平清盛のクーデターで「治承三年の政変」が起り、17日
後白河院政下で活躍していた太政大臣藤原師長は解官、18日尾張国井戸田村に流罪が決ま
り、同地に屋敷を構えた。12月11日出家して理覚を称したが、出家は清盛に対する偽装
であり、実際は横江左近之進時景の娘を置いて身の回りの世話をさせていたと云う。118
0年帰洛、1192年7月19日に没した。現在は住宅に変わり、遺構は無い。


【所感】県道221号線〔妙音通り〕妙音通3信号を南へ曲がった直ぐ右に島川稲荷神社が
在ります。ここに藤原師長嫡居跡の石碑が在ります。車で通り過ぎてしまいそうな小さな神
社で、南に山崎川が流れる地です。師長は後に「妙音院」と号し、これが「妙音通り」の由
来となっています。




藤原師長謫居跡の石碑・嶋川稲荷社