遠江 小笠山砦
Ogasayama fort

 小笠山砦跡【静岡県掛川市入山瀬852】
   やまき【静岡県掛川市入山瀬814】
山喜製茶組合【静岡県掛川市入山瀬814】


【立地】山城
【別称】笹ヶ峰御殿

【歴史】1568年掛川城の今川氏真・朝比奈泰朝を攻める為、徳川家康が小笠山一帯の尾
根〔標高264〜224m〕に築かれた砦である。1577年頃、武田勝頼の高天神城攻略
の為に家康が小笠山砦を改修、1580年から石川長門守康通が護ったと云う。1581年
「第2次高天神城の戦い」で家康が勝利、その後、廃城になったと云う。現在は山林、神社
となり、曲輪、横堀、堀切、竪堀が残る。

【所感】やまき・山喜製茶組合の三叉路から北へ350m程走った県道249号線信号丁字
路を左折、200m先〔小笠神社の看板有り〕を右折し、車で曲がりくねった道を1キロ程
上がると、小笠神社参道手前の駐車場〔10台程〕に着きます。鳥居を潜り、尾根道をずっ
と歩いて行くと、次第に石段になり、登った先に小笠神社・小笠山ビジターセンターが在り
ます。この場所は削平されていますが、見晴らしが良いことから、おそらく曲輪だったと思
われます。更に奥へどんどん歩いて行くと、右手に横堀、左下に横堀が確認出来ます。小笠
山砦碑の背後に堀切(横堀?竪堀?)、次に笹ヶ峰御殿跡に着きますが、戦の際、家康公は
この場所に布陣したと言われています。ここまで本に掲載されていた縄張図を持参しながら
進んで来ましたが、どうも大雑把過ぎて精度が悪いな〜と思いながら、自身で遺構と感じる
ものを片っ端から撮っていたところ、多聞神社を過ぎた辺りに精度の良い縄張図の看板を発
見、これなら納得出来ると思いました。小笠神社の鳥居辺りに欲しかった。縄張図の場所は
これまで歩いて来た南東尾根と南西尾根・北西尾根の分岐点。スマホで縄張図を撮って、そ
れを見ながら3尾根の遺構を確認して行くと良いでしょう。ただ南西尾根の南側、北西尾根
の北側は崩落が広い範囲で進んでいるので、大変危険ですから、近付かないように注意して
歩いて下さい。





小笠神社の鳥居・駐車場







小笠神社参道



小笠神社



小笠神社社務所・小笠山ビジターセンター



大土塁と曲輪



北の横堀



南の横堀



小笠山砦碑



小笠山砦碑背後の堀切・笹ヶ峰御殿跡の東側



笹ヶ峰御殿跡



多聞天神社東方の曲輪





多聞天神社




多聞天神社南横の馬出





縄張図看板前の竪堀2本



縄張図看板裏の横堀





小笠山山頂へ向かう最初の横堀



小笠山山頂へ向かう崩落した道・北西尾根



崩落した道の左手に見える堀切(横堀)・北西尾根







小笠山山頂の曲輪・北西尾根



小笠山北西の長い横堀・北西尾根



北西尾根南側の下から見上げた竪堀



L字型土塁を持った曲輪・南西尾根



L字型土塁を持った曲輪西側の堀切・南西尾根