尾張 岡部又右衛門家宅
Okabe Mataemon residence

名古屋ビルサービス【愛知県名古屋市熱田区白鳥3丁目10−11】
     熱田神宮【愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1】

【立地】平地

【歴史】熱田の大工棟梁・岡部又右衛門以言の屋敷とされる。大工又右衛門と呼ばれ、15
60年「桶狭間の戦い」の頃、信長に召抱えられる。1573年5月信長の命で長さ三十間
・幅7間の鉄甲船を建造し、7月将軍義昭との戦いで使われた。1575年5月熱田社八剣
宮の造営に携わり、1576年此言・此俊父子で安土城天守の大工棟梁を務めた。それらの
功績により、子の以俊とともに小袖を拝領する。1582年「本能寺の変」の後、織田信雄
に仕え、1583年8月中島郡赤池郷、9月熱田で200貫文の地を得た。場所は熱田神宮
の南西辺りで、現在が商業地となり、遺構は無い。

【所感】岡部又右衛門家跡の看板をもっと早く探せると思っていましたが、30分も掛かっ
てしまいました。熱田神宮の南門周辺を歩き回り、人に聞いても良い回答が返ってこない。
勘で、熱田神宮南面の道から国道19号線へ出て、道の向こう側を見たらビルの前に看板が
…。歩道橋を渡った名古屋ビルサービスの前に在ります。熱田神宮も久しぶりに行きました
が、1560年「桶狭間の戦い」の際、大勝の御礼として奉納した信長塀、弘法大師のお手
植えとも伝わる樹齢1000年以上大クスの写真を撮ってみました。





岡部又右衛門家跡の説明看板