三河 塞之神城
Sainokami castle

         塞之神城跡【愛知県新城市作手清岳字本城】
       新城市役所支所【愛知県新城市作手高里字縄手上32】
高齢者生活福祉センター虹の郷【愛知県新城市作手高里字縄手上22】
      新城市作手診療所【愛知県新城市作手高里字縄手上10−1】


【立地】山城
【別称】塞神城・塞ノ神城・本城山砦・本城・砦城

【村指定史跡】

【歴史】本城山〔標高628m、比高80m〕に築かれた城で、1570〜1573年武田氏との和睦
の証として亀山城の奥平氏が築いたという説、それ以前に当地に在住した米福長者〔三河三大長者の一
人〕が築いたという2説がある。1575年「長篠の戦い」以後、家康の所領となる。現在は曲輪、土
塁、堀切などが残る。

【所感】賽之神城跡は途中まで車で行くことが出来ます。国道301号線作手村役場東信号を西へ曲が
り、新城市役所支所を経て、新城市作手診療所前の三叉路を標柱に従って左手の砂利道を進みます。砂
利道→悪路→舗装路と変わり、700m程で登城口の雨水水槽の場所に着きます。ここに車を止め、一
旦、文殊山城跡方面へ山道を登り、尾根に着いたら左に折れてひたすら700m程尾根上を歩きます。
この登城口が分かり辛い場合は、車で最終地点の文殊山城跡まで行き、標柱に従って賽之神城跡へ向う
方法もあります。最初の遺構は二の郭〔勝手にこう呼んでいますが〕西側の堀切で、二の郭南側にも堀
切があります。細い尾根道を進み、三方土塁に囲まれた腰曲輪を経て、主郭へ向いますが、この腰曲輪
が枡形虎口のような性質を持っています。主郭は高い土塁に囲まれ、南端と東端に虎口があります。東
端の虎口から急斜面を降りて行くと、右手に三方土塁に囲まれた腰曲輪、その下に平坦な曲輪、下り切
った場所に堀切と土塁があります。二の郭だけが主郭と100m程離れ、主郭や腰曲輪のように土塁に
囲まれていない、主郭−二の郭間も造り込んでいる感じがないので、後から造られたのでしょうか?




主郭

 

主郭南端の虎口〔写真:左〕主郭西端に連なる土塁〔写真:右〕

 

主郭東側の土塁に囲まれた腰曲輪〔写真:左〕主郭南西側の腰曲輪南端の土塁〔写真:右〕

 

城郭東端の片堀切と土塁〔写真:左〕二の郭〔写真:右〕


 

二の郭西側の堀切〔写真:左〕二の郭南西側の堀切〔写真:右〕