美濃 多治見城
Tajimi castle

    多治見城跡【岐阜県多治見市新町2丁目】
  喫茶軽食モリタ【岐阜県多治見市新町2丁目37−3】
多治見橋パーキング【岐阜県多治見市本町5丁目】

【立地】平城
【別称】多治見国長邸

【県指定史跡】

【歴史】鎌倉末期の築城とされる。多治見四郎次郎国長は美濃国守護土岐頼貞の一族で、頼
貞の十男頼兼と共に後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕計画〔後醍醐天皇の近臣日野資朝の招き?〕
に参加。しかし、この計画が一族舟木頼春の妻に密告されて露見し、1324年9月19日
国長の宿所が在った京都錦小路高倉の邸宅が六波羅探題の軍勢3000に包囲された。国長
は若党20余人と共に戦った末、中門で互いに刺し違えて没した。この「正中の変」は『増
鏡』『太平記』等に記されている。現在、遺構は無く、石碑のみが立つ。


【所感】Shinmachiぎんざアーケード沿い、喫茶・軽食モリタの西隣りに石碑が立っていま
す。グーグルにも『多治見国長邸跡』の名前が載っています。駐車場は近くに無いので、私
は多治見橋パーキングを利用しました。








多治見國長公遺址の石碑