三河 田内城
Tanai castle

         田内城跡【愛知県北設楽郡設楽町田内字インベ・田尻】
          幸秀寺【愛知県北設楽郡設楽町田内字西貝津5】
道の駅したら・奥三河郷土館【愛知県北設楽郡設楽町清崎字中田17−7】

【立地】丘城
【別称】金ケ崎城・西田内村古屋敷

【歴史】天文年間(1532〜1555年)、島田の菅沼伊賀守定盛は弟定孝に家督を譲り
、独立丘陵〔標高330、比高40m〕に田内城を築いて住んだと云う。城主に島田の菅沼
定勝・三照、長篠の菅沼道満の名もある。1556年「布里の戦い」では菅沼定直らと共に
今川勢で参戦した。現在は山林となり、曲輪が残る。

【所感】2009に訪ねた時は未整備でしたが、現在は間伐・除草など整備・管理され、各
曲輪に名称標柱が立てられて分かりやすくなっています。駐車場〔2・3台〕は田内城址の
看板の前に有ります。私は田内城跡への案内標柱を撮るため、「道の駅したら」に車を止め
て歩きました。豊川右岸に隣接する田内城跡は、北から「小曲輪」「本曲輪」「二の曲輪」
「腰曲輪」の順に並ぶ連郭式の平山城。本曲輪が最も広く、城山稲荷・東屋〔いこい処〕が
あってほぼ平坦ですが、他の曲輪は緩やかに外へ傾斜しています。
















田内橋→田内城跡入口までの道



登城口





大手口








腰曲輪











二の曲輪



西腰曲輪





虎口・本曲輪







本曲輪







城山稲荷と西虎口・本曲輪



東虎口・本曲輪







小曲輪



搦手口・小曲輪・搦手道×立入禁止



田内城跡南麓の平地@



田内城跡南麓の平地A