信濃 上田原古戦場
Azukizaka battleground

石久摩神社【長野県上田市上田原字宮本363】

【立地】平地

【歴史】1548年信濃攻略を進める武田信玄、葛尾城を拠城とする村上義清が武力衝突し
た戦である。信玄は南東に在る倉升山、義清は北西に在る天白山麓にそれぞれ陣を張り、上
田原一帯で戦いが行われた。初め、武田騎馬隊が優位に進めたが、次第に村上軍が背後を囲
み、板垣信方の他、甘利虎泰、才間河内守、初鹿根伝右衛門など、武田家の重臣が討死。信
玄も槍で手傷を負うなど負け戦となり、村上勢も屋代源吾、雨宮刑部、小島権兵衛などを失
った。武田、村上両軍総勢1万7千人が激突し、討死者は4千とも、6千とも云われる。現
在は石久摩神社に上田原古戦場の石碑が立ち、近くに板垣信方、屋代源吾、小島権兵衛、雨
宮刑部、無名戦士の墓が点在する。

【所感】大河ドラマ「風林火山」では、晴信が我が父と慕った板垣信方。全てのお墓は周る
ことは出来ませんでしたが、信方の墓だけを訪ね、愛煙家だったということで、私も自分の
タバコを1本お供えして手を合わせました。信虎時代から仕えた板垣信方、甘利虎泰を失っ
たことは、晴信にとって大きな痛手で、反省すべき戦であったと思います。


 

上田原古戦場の石碑・石久摩神社〔写真:左〕伝板垣駿河守信方の墓・板垣神社〔写真:右〕