三河 和地台場
Waji daiba

和地台場跡【愛知県田原市和地町西本村】

【立地】丘地

【歴史】1837年、田原藩が渥美半島太平洋岸に築いた台
場3ヶ所の一つである。和地集落辺りの畑地は通称「オヤク
ショ〔お役所〕」と呼ばれ、集落南側に在った旧日本軍の通
信施設用地「テントウバ〔点灯場〕」辺りが和地台場の場所
と云われている。現在は滅失して遺構は無く、具体的な場所
も不明である。

【所感】国道42号線、県道420号線が交差する和地信号
を南へ曲がり、直ぐ左の斜めに入る脇道をひたすら道なりに
進んだ場所に砂浜へ下る砂利道が在ります。この道の東側辺
りが点灯場とされ、下った場所がオヤクショ船着場辺りと思
われます。地元の方に点灯場とお役所の話を聞きましたが、
場所は大体の内容で終わりました。





和地台場跡辺りか