三河 極楽寺山陣所
Gokurakujiyama camp

極楽寺山陣所跡【愛知県新城市上平井字タイカ】
   平井神社【愛知県新城市上平井字タイカ166】

【立地】丘地

【歴史】1575年「長篠、設楽ヶ原の戦い」の際、標高85m、比高10mの丘陵端に織
田信長が布陣した陣所とされる。信長は5月14日夜に岡崎城に到陣し、15日鳥居強右衛
門勝商の後詰の要請を承諾。家康よりも先に岡崎を出立し、16日牛久保城、17日野田で
野宿をとり、18日上平井の極楽寺に本陣を構えた。3日間に亘り、連吾川沿いに馬防柵を
造り、20日信長は極楽寺本陣に諸将を集め、軍議を開いた。軍議後、酒井忠次らに鳶ヶ巣
山砦の奇襲を命じ、武田軍が連吾川対岸に布陣したことを知った信長は、茶臼山に戦地本陣
を移し、諸事を指揮した。この時、木下秀吉が茶臼山陣所北方に布陣し、弾正山南端に徳川
家康が布陣したと云う。現在は神社、畑地に変わり、遺構は無い。


【所感】国道151号線上平井信号交差点から東へ進み、左2本目を入った突き当たりに平
井神社が在ります。「織田信長旗本地」の石碑は平井神社鳥居手前右手に在り、「織田信長
本陣地」の石碑は平井神社裏手の豊川用水沿い丘上に在ります。極楽寺跡と書かれています
が、旧極楽寺はこの丘の南、平井神社東側の低地に在ったそうです。


 

織田信長本陣地の石碑・平井神社北東

 

織田信長旗本地の石碑・平井神社〔写真:左〕平井神社〔写真:右〕