遠江 白山城
Hakusan castle
白山城跡【静岡県周智郡森町城下】
天方本城跡【静岡県周智郡森町大鳥居・問詰】
【立地】山城
【別称】城藪砦
【歴史】築城年は定かではない。標高147m、比高80mの尾根上に築かれた山城である
。白山城は地誌類などに記載も伝承も無く、近年、見付かった城跡である。初めは麓の小字
名「城藪」から「城藪砦」と称され、明治期、山頂に「白山権現」が祀られていたことから
「白山城」と命名された。当地域の城の記録としては、1501年遠江国守護斯波氏の軍勢
が「天方城」を占拠し、この城を今川氏親勢が攻撃したとある〔本間宗秀軍忠状〕。この天
方城は「天方本城」のことと考えられ、この戦の後、天方氏が三倉川・太田川東岸に堅固な
「白山城」を築いたという説がある。1572年10月武田信玄の軍勢が遠州に侵攻。今川
氏滅亡時に武田氏に従属して甲斐に落ち延びた遠州の国衆や土豪が戻って「天方城」などに
立て籠った。天方城には久野弾正宗政が城将として入って籠城したが、1573年3月平岩
親吉を総大将として攻撃を行い、本城を残して兵を引くと、城兵らは開城、逃亡した。この
天方城は「白山城」ではないかと推定される。現在は山林となり、曲輪、堀切が残る。
【所感】縄張図を見ると、登城口は大林寺墓地と谷本神社の2ヶ所があるようで、私は南尾
根の遺構に近い谷本神社を選びました。登城口の案内が無かったので、とりあえず神庫裏の
竹林から入り、一旦、左へ進んで尾根の始まりから登りました。直登を覚悟で行きましたが
、何となくジグザグの道らしきものがあり、自分で足場を選びながら尾根上まで登りました
(途中から国土調査の杭が道標になります)。初めの遺構は登城道左手の段郭D・C・B・
A、次に堀切A、腰曲輪B・Aを経て、本曲輪へ乗ります。くの字形の本曲輪は南尾根・南
西尾根・北西尾根・北東尾根と4つの尾根に展開しています。南西尾根は本曲輪からスロー
プを下りた場所が馬出曲輪で、その先に良好な堀切B、段郭があります。北西尾根は土橋+
堀切Cに始まり、細い尾根は二の曲輪と呼ばれ、先端から下を覗くと、土橋+堀切Dがあり
ます。この堀切Dから支尾根〔北尾根〕に下りて行くことが出来ます。ここにも土橋+堀切
Eがあり、二の曲輪への侵入を遮断しています。本曲輪に戻り、北側から北東尾根に下りる
道があり、堀切Fから暫く歩くと先端手前に土橋+堀切Gがあります。この北東尾根の中央
辺り〔東側〕に大林寺墓地登城道の到達点があります。細長い尾根を曲輪としている為、多
くの城兵は収容出来ませんが、堀切〔竪堀〕の数で城を護っています。

谷本神社

登城口・谷本神社神庫裏




南尾根の4段郭

4段郭東側の竪堀

南尾根東側の竪堀

南尾根

南尾根の堀切A


主郭南側の腰曲輪・南尾根

本曲輪→馬出曲輪へ下りる道・南西尾根

馬出曲輪・南西尾根

南西尾根の堀切B



本曲輪

本曲輪−二の曲輪間の堀切C・北西尾根



二の曲輪・北西曲輪

二の曲輪奥の堀切D



二の曲輪の北尾根へ

北尾根の堀切E

本曲輪→北西尾根へ下りる道

北西尾根

北西尾根の堀切F


北西尾根

北西尾根の堀切G
