三河 日出台場
Hii daiba

   日出台場跡A【愛知県田原市日出町骨山】
   日出台場跡B【愛知県田原市日出町東瀬古】
伊良湖ビューホテル【愛知県田原市日出町骨山1460−36】
   伊良湖岬灯台【愛知県田原市伊良湖町古山】

【立地】丘地
【別称】伊良湖台場・日出台場跡A:日出高砲台・日出台場跡B:日出平地砲台

【歴史】『日出台場A』1863年幕府の命を受け、1864年大垣新田藩が伊勢神宮警備の為、伊良
湖村日出村に築いた台場である。標高45mの台地端〔28m×20m〕に大砲三門が置かれた。場所
は骨山南麓の日出園地「椰子の実詩碑」が立つ平地で、遺構は無い。『日出台場B』日出台場Aと同じ
く、1864年大垣新田藩が伊勢神宮警備を目的に築いた台場で、標高10m、水際から55mの台地
端〔18m×9m〕に大砲三門が置かれた。海蝕が激しく、海中に没している可能性が高い。

【所感】日出台場跡Aは伊良湖ビューホテル南麓の「日出の石門」へ下る道の途中に在り、島崎藤村の
「椰子の実」詩碑が立つ平地になります。太平洋に突き出た突端の内側で、更に階段を降りると「日出
の石門」に着きます。日出台場跡Aの場所から西へ歩いて下って行くと、トイレと広い平地が在り、こ
こに伊良湖防備衛所跡の石碑が立っています。“太平洋戦争時日本海軍による伊良湖水道機雷封鎖監視
所跡”と書かれてあり、一見、こちらの方が台場に相応しい感じを受けますが、幕末に在った地かどう
か分かりません。日出台場跡Bは日出台場跡Aの東1200m程の海岸で、太平洋へ流れ出る小川の西
側〔日出町東瀬古〕になりますが、現在は砂浜、海中となっている可能性が高いそうです。





日出台場跡A・椰子の実詩碑

 

日出の石門・日出台場跡Aの南東下〔写真:左〕伊良湖防備衛所跡・日出台場跡Aの西下〔写真:右〕



日出台場跡B辺りか



伊良湖岬灯台