三河 拾石陣屋
Hiroishi Jinya

拾石陣屋A【愛知県蒲郡市拾石町中屋敷】

拾石陣屋B【愛知県蒲郡市一色町下郷】
  法性院【愛知県蒲郡市拾石町五反田31】

【立地】平地

【歴史】『拾石陣屋A』1716年、逸見義武が500石で構えた陣屋とされる。代官は木
俣文六が務め、同家宅を陣屋とした。義武の後、1732年義殷−1754年義方−179
4年義象−1815年三之助−1827年五郎八−1854年源三郎−1858年三之助と
続いた。現在は住宅に変わり、遺構は無い。『拾石陣屋B』1716年、筧正鋪が1000
石で構えた陣屋とされる。代官は八田九郎左衛門が務め、同家を陣屋とした。正鋪の後、1
737年正堅−1762年正時−1789年正賢−1806年正俊−1835年正起と続い
た。現在は住宅に変わり、遺構は無い。


【所感】『拾石陣屋A』は法性院南の中屋敷エリアの中心で、現在も木俣氏の子孫が住む。
『拾石陣屋B』は、東の中野川、西の寺中川に挟まれた地で、下郷エリア最南部の区画全体
が陣屋跡になります。


 

拾石陣屋A跡〔写真:左〕拾石陣屋A跡北の法性院〔写真:右〕



拾石陣屋B跡遠景〔中央〕