遠江 火剣山砦
Hitsurugisan fort
火剣山砦跡【静岡県菊川市富田・島田市菊川】
火剣山キャンプ場【静岡県菊川市富田3126−6】
【別称】金薬師山・叶薬師山
【歴史】火剣山〔標高285m、比高190m〕を中心に展開する尾根上に築かれた砦であ
る。1568年12月武田信玄は駿河へ、徳川家康は遠江へ侵攻を開始。大井川を国境とす
る盟約を破り、信玄は大井川を越えて侵攻して来た為、家康は火剣山に砦を築き、城将に大
村弥兵衛高信を置いた。1572年「三方原の戦い」で家康は武田軍に惨敗。翌1573年
4月信玄病没を機に失地回復に動くが、同年11月武田勝頼は掛川城・久野城・高天神城攻
略の為に諏訪原城を築城、1574年6月高天神城を攻略する。1575年5月「長篠・設
楽原の戦い」で武田勝頼に大勝した家康は、6月火剣山を本陣に諏訪原城を攻め、8月に落
した。現在は神社、山林などに変わり、曲輪、堀切、土塁が残る。
【所感】火剣山の南方から先ず「火剣山キャンプ場」を目指して茶畑内の舗装道を上って行
きます。キャンプ場に入らず、入口から180m進んだ標柱「火剣坊左折・大権現」の場所
で左折。道成りに600m上ると、火剣山の駐車場に着きます。大きな看板「火剣坊参道」
の場所が登城口。初めはつづら折りの丸太階段が続き、その後も丸太階段+山道を上り、最
後に道の分岐点に到達します。私は南尾根の平場F墓の峠→展望台〔物見〕を確認した後、
砦の主要部となるB光龍寺跡→A釣鐘堂跡→@火剣山大権現〔火剣山山頂〕の順で訪ねまし
た。火剣山大権現堂の裏手に土塁の一部が残り、その背後に続く東尾根に片堀切A、その先
に曲輪Dが広がっています。火剣山大権現に戻り、北尾根の「小夜の中山峠」方面へ下って
行くと、最初の木橋に堀切B、2つ目の木橋に堀切Cがあります。更に山道を進んで途中か
ら北尾根のピーク〔標高279m〕に乗っかり、北東の急斜面を下ると、尾根上に堀切Dが
穿たれています。遺構が確認出来る尾根はFの形をしており、東尾根と北東尾根は道が無く
、急斜面を自力で上り下りするので、トレッキングポールが必要です。
火剣山大権現駐車場
登城口
登城道
登城道終点の分岐点
登城道→南尾根〔墓の峠・展望台〕
平場F・墓の峠の鉄塔・南尾根
平場F・墓の峠・南尾根
平場F→展望台までの南尾根
展望台から見た南方の景色
主要部B・光龍寺跡
主要部A・釣鐘堂跡
火剣山大権現への石段
主要部@・火剣山大権現・火剣山〔標高285m〕
片堀切A手前の腰曲輪・東尾根
片堀切A・東尾根
曲輪Dへ行く尾根道・東尾根
最大の曲輪D・東尾根
北尾根道
堀切B・北尾根
堀切C・北尾根
E北尾根ピーク〔標高279m〕
E北尾根ピーク→北東尾根へ
堀切D・北東尾根
堀切Dから先の北東尾根