三河 伊奈城
Ina castle
伊奈城跡【愛知県豊川市伊奈町深田】
花ヶ池牧場【愛知県豊川市伊奈町深田18】
仲仙寺【愛知県豊川市御津町金野字山本56】
【立地】平城
【別称】上嶋城・伊奈村上嶋古城
【市指定史跡】
【歴史】本多氏は豊後国本田郷〔大分県〕の出で、尾張国横根郷〔愛知県大府市〕を経て、
15世紀中期、当地に本多定忠・定助が移住し、築いたとされる。伊奈本多氏2代定助の子
助時が徳川四天王本多平八郎忠勝家の祖である。その後、伊奈本多氏は松平、徳川家と共に
歩む。1479年3代正時は松平宗家3代信光の「安祥城攻め」、1524年4代正助は松
平宗家7代清康の「岡崎城攻め」に参戦。1564年7代忠次は家康「三河吉田城攻め」・
1570年「姉川の戦い」・1575年「長篠の戦い」・1581年「高天神城攻め」に参
戦。1590年家康関東移封に伴い、8代康俊〔酒井忠次の次男〕も下総国小篠へ移り、廃
城となる。現在は土塁、本丸が残り、物見櫓が復元されている。
【所感】佐奈川東岸に位置し、花ヶ池牧場横に伊奈城趾公園が在ります。公園の北端に高く
長い東西に横たわる土塁が残り、模擬櫓も建っています。ここは松平・徳川家で家紋でおな
じみの「三つ葉葵」の発祥地と言われています。本多家4代正忠は松平清康〔家康の祖父〕
の三河吉田城攻めに参加し、勝利の祝杯を伊奈城で挙げた時、本多家家紋「立葵の紋」が気
に入り、譲り受けることになりました。後に徳川の代で現在の「三つ葉葵」になったそうで
す。少しですが、公園にもフタバアオイがあります。同じ豊川市内の仲仙寺に伊奈城の城門
が移築されています。門の劣化が進んでおり、補強材が入って、若干傾いています。
伊奈城趾公園の石碑
土塁
伊奈城趾の石碑
模擬櫓
移築 伊奈城城門・仲仙寺