三河 金堀奉行屋敷
Kanahori Bugyo residence

金堀奉行屋敷跡・津具小学校【愛知県北設楽郡設楽町津具字見出原3−1】
          信玄坑【愛知県北設楽郡設楽町津具字金山】

【別称】金堀奉行館

【町指定史跡】信玄坑

【歴史】元亀年中(1570〜1572年)武田信玄が津具川で砂金を発見したことから、
金鉱脈を追って幾つかの坑道を掘った。この時、津具金山支配の為、津具川の左岸〔標高6
77m〕に中村泰庵・長谷川勘左衛門らが務める奉行屋敷が築かれた。1582年武田氏滅
亡後、織田信長・徳川家康も採掘したと云われる。現在は小学校に変わり、遺構は無い。古
町川右岸の山中に「信玄坑」と呼ばれる坑道が残る。

【所感】金堀屋敷跡とされる津具小学校は、山に挟まれた津具川沿いの地で、1.5km程離
れた「信玄坑」とは川で繋がっています。県道80号線沿いの標柱「信玄抗」は向山橋〔古
町川〕の袂に立ち、突き当りを右折した小屋の前に信玄抗入口があります。防獣柵の扉を開
閉し、左へ90m程登った場所に「信玄坑」、頑丈な柵の奥に坑道が見えます。





金堀奉行屋敷跡辺り・津具小学校




県道80号線沿い「信玄坑」の標柱



信玄坑入口





信玄坑【町指定史跡】