尾張 木田城
Kida castle
木田城跡【愛知県東海市大田町城山】
【立地】丘城
【別称】荒尾古城
【歴史】鎌倉時代末期、城山〔標高22m、比高20m〕に一色左馬助が築いたとされる。
その後、1554年信長の「村木砦攻め」、1555年「寺本城〔堀之内城〕攻め」に参戦
した荒尾小太郎空善の居城となる。空善は嫡子が無った為、同じ知多郡の豪族佐治左馬充宗
貞の子〔または弟〕善次〔1508〜1590年〕を婿養子に迎えた。1560年「桶狭間
の戦い」などの戦功により、信長より30貫文の地を宛行われたと伝わる。善次の娘は初め
織田安房守〔秀俊か〕に嫁し、安房守没後、池田恒興に再嫁。元助・輝政ら4男を生んだ。
善次の長男善久〔1539〜1572年〕は木田城主にあって信長に仕えて6万石を領した
と云う。しかし、1572年「三方ヶ原の戦い」で家康の援兵として派遣され、討死となっ
た。1573年跡職は信長の命により、池田恒興の子古新丸〔池田輝政〕に譲渡された。現
在は住宅、雑木林に変わり、尾根続きに空堀が残る。
【所感】県道243号線寺下信号を南へ600m進み、城之越信号を左折して直ぐの山が城
山〔木田城跡〕です。山は個人宅になり、雑木林に囲まれています。南北方向に連なる丘陵
の最北端に位置します。
木田城跡遠景