伊勢 霧山城
Kiriyama castle
霧山城跡【三重県津市美杉町八知・上多気・下多気】
雪姫亭【三重県津市美杉町上多気1148】
JA三重中央やまゆり【三重県津市美杉町上多気1068】
【立地】山城
【別称】多気城・多気御所
【国指定史跡】多気北畠氏城館跡(北畠氏館跡・霧山城跡)
【国名勝】北畠氏館跡庭園
【歴史】1342年北畠顕能の築城とされ、顕泰−満雅−教具−政郷−材親−晴具−具教と
、伊勢国司北畠家8代の本拠地となった。北畠氏は村上天皇に発する村上源氏の名門で、京
都の北畠に居住し、朝廷に仕えた公家である。顕能の父親房は従一位に任ぜられ、南朝の重
臣として天皇に奉侍した。1336年後醍醐天皇が吉野山に遷幸の時、親房も京都から南伊
勢へ下って田丸城を築き、土豪の度会氏・愛洲氏・潮田氏・古和氏・本木氏を平らげ、南朝
方の拠点とした。その後、しばしば北朝方の攻撃を受けては防戦していたが、1342年落
城に至り、顕能は平野部を去って多気の地へ移った。標高560m、比高240mの頂に霧
山城を築き、その南西麓に館を築いて住んだ。1352年従三位に任ぜられ、累進して従一
位に至ったが、1383年に没した。2代顕泰は足利氏に属して伊勢国一志・飯高・飯野・
多気・度会の5郡、大和国宇陀郡を与えられ、軍卒2万5000騎を統御した。1415年
3代満雅の時、将軍義持と不和になり、その将である六角・仁木・筒井氏らの攻撃を受けて
いたが、程なくして和睦に至った。1440年満雅が没し、長子は大河内城〔松阪市〕へ移
り、弟教具が4代伊勢国司を継いで居住した。この頃、将軍義視が「応仁の乱」を逃れて当
城に身を寄せたと云う。弘治・永禄年間(1555〜1570年)には田丸・大河内・坂内
・藤方・木造など北畠一族が支配していたが、1569年8代具教の時、織田信長の伊勢進
攻が迫り、嫡子具房とともに大河内城へ移る。多気に一族の家族を置き、森本飛騨守ら20
00の兵で守らせたが、堀尾吉晴らの焼き討ちで捕らえられ、1569年信長の次男信雄を
北畠の養子にすることで和睦に至った。1576年信雄の命で旧臣に殺害され、伊勢北畠氏
は滅び、廃城となる。1536年北畠氏館跡庭園が国名勝・国指定史跡となり、同年霧山城
も国史跡に指定され、2006年北畠氏館詰城跡も含め、再度「多気北畠氏城館跡」の名で
国指定史跡となった。2017年「北畠氏館」が続日本100名城に選定され、現在、霧山
城跡は曲輪、土塁、堀切が残り、北畠氏館詰城跡〔標高414m、比高90m〕は曲輪、堀
切、北畠氏館跡は近年の発掘により石垣、建物跡が見つかっている。
【所感】城跡めぐりを始めた頃、一度来た記憶はあるんですが、雨で引き返したような気が
します。北畠神社の駐車場〔JA三重中央やまゆり前〕まで伊勢自動車道の一志嬉野インタ
ー・松阪インター・勢和多気インター何処で降りても同じで、50分前後は掛かります。初
めて見る北畠氏館跡庭園は、池・石・橋・紅葉樹・苔から成るいい雰囲気の庭で、何枚も写
真を撮ってしまいました。北畠氏館詰城跡は北畠神社を一旦出て、雪姫亭の横を通って進む
と、右手に登城口の霧島城址1350mの看板が在ります。ここからジグザグの山道を登る
と、縄張り図が有る詰城跡の腰曲輪に着きます。奥の土壇状になった部分と、主郭に登って
その広さを確認しました。一般の方は霧山城跡までの道のりが長いので、この辺りで引き返
すことが多いですが、私は主郭背後の堀切を撮って更に尾根伝いの山道をどんどん歩き、登
城口から45分ほどで霧山城跡の南郭〔鐘撞堂〕に着きました。南郭は広い曲輪の南端に土
壇状の部分が在って、その背後に堀切。更に進んで次の頂に北郭が在ります。土塁に囲まれ
た主郭、その西側に一段下がって米倉跡、主郭東側は堀切を経て、北端に土塁を持つ矢倉跡
、更にその東側に大きな堀切が在ります。更には比津峠に繋がるもう一つの登城道が在りま
す。県道666号線の比津峠に「霧山城跡へ460m」の標柱が立っているので、こちらの
方が楽に行けると思います。帰りは北郭から30分程で北畠神社に着きます。体力に自信が
なく、本当に霧山城跡まで行けるか不安でしたが、撮影出来て満足しました。
北畠氏館跡・北畠神社【国指定史跡】
北畠顕家公像・北畠神社【国指定史跡】
北畠氏館礎石建物跡・北畠神社【国指定史跡】
北畠氏館跡庭園【国名勝・国指定史跡】
霧山城跡登城口・霧山城址1350mの看板
登城道
北畠氏館詰城跡の腰曲輪【国指定史跡】
北畠氏館詰城跡の主郭【国指定史跡】
北畠氏館詰城跡北側の堀切【国指定史跡】
登城道
鐘撞堂・霧山城跡南郭【国指定史跡】
鐘撞堂南側の堀切・霧山城跡南郭【国指定史跡】
霧山城址の石碑・本丸・霧山城跡北郭【国指定史跡】
本丸・霧山城跡北郭【国指定史跡】
矢倉跡−本丸間の堀切・霧山城跡北郭【国指定史跡】
矢倉跡・霧山城跡北郭【国指定史跡】
矢倉跡東側の大堀切・霧山城跡北郭【国指定史跡】