三河 桑谷城
Kuwagaya castle
桑谷城跡【愛知県岡崎市桑谷町浜井場】
広忠寺【愛知県岡崎市桑谷町堀切29】
【立地】丘城
【歴史】時期は不明。城主に山田藤七郎、松平山城守の名がある。1600年松平長吉が670石で陣
屋を構え、1735年まで存続。1717年松平幸隆が500石で陣屋を構え、1868年まで存続し
た。現在、城跡と呼ばれる竹薮があるが、遺構は無い。
【所感】県道324号線と県道326号線が交差する桑谷町信号を南へ200m程進んだ左を入ると、
突き当たりに桑谷町公民館側が在ります。公民館前の田地の中に在る竹林が城跡と云われ、公民館側か
ら中に入ると、中央部が盛り上がった塚のような竹薮で、西側が一段低くなっていますが、曲輪かは不
明です。城跡から南へ400m程に松平宗家8代広忠ゆかりの広忠寺が在ります。1541年春、広忠
と於久の方〔大給松平和泉守乗正の娘〕との間に家康の異母兄弟「勘六〔後の松平忠政〕」が生まれて
おり、「於大の方」を正室としてからは勘六を一時岩津へ住まわせ、後に桑谷村に別荘を造って移住さ
せました。1561年酒井正親が西尾城を攻める際、隠れ住む忠政〔勘六〕を家康に引き合わせ、忠政
に兵を与えて従軍させました。1562年家康が西尾へ行く際、桑谷村の父の位牌に拝礼し、本堂を建
立して忠政の弟穎新を住職に広忠寺としたそうです。
桑谷町公民館から見た桑谷城跡〔写真:左〕桑谷城跡内部・竹薮〔写真:右〕
広忠寺〔写真:左〕松平広忠公・松平宗家8代忠政公・於久の方の墓〔写真:右〕