美濃 相羽城
Aiba castle
相羽城跡【岐阜県揖斐郡大野町相羽1299】
相羽公民館【岐阜県揖斐郡大野町相羽317】
【立地】平城
【町指定史跡】
【歴史】建歴〜建保年間(1211〜1219年)頃、土岐美濃守光衡の嫡子浅野判官光行
の次男土岐二郎光俊〔饗庭二郎〕の築城とされる。光俊は鎌倉の北条家に仕え、1221年
「承久の乱」の際、宇治川で戦死。その後、国綱→国頼→国信と代を重ね、一時、廃城とな
るが、天文年間(1532〜1555年)初期、不破郡垂井から長屋景興が入って修築し、
美濃守護土岐頼芸に属して2万石程領したと云う。美濃守護として頼芸の力が弱まると、守
護代斎藤家を乗っ取った斎藤道三は、1547年11月頼芸の大桑城を攻撃、頼芸は一旦国
外へ退却した。12月今度は頼芸の臣長尾景興の相羽城を攻撃し、景興と景直父子は討死し
たと伝わる。現在は八幡神社、住宅となり、遺構は無い。
【所感】揖斐川の支流根尾川と三水川に挟まれた地に在ります。八幡神社の社がある場所が
周囲より少し高くなっており、明治の地籍図から単郭の城ではないかとされています。昔は
神社の南と東に堀跡とみられる池が2ヶ所有ったようですが、現在は有りません。

相羽城址碑・八幡神社

相羽城跡・八幡神社

相羽城阯碑・八幡神社
