三河 六栗城
Mutsuguri castle
六栗城跡【愛知県額田郡幸田町六栗字中屋敷40】
明善寺【愛知県額田郡幸田町六栗字本郷94】
夏目氏の墓【愛知県額田郡幸田町六栗字本郷】
夏目次郎左衛門吉信旌忠碑【静岡県浜松市中区布橋2丁目13】
【立地】丘城
【別称】夏目屋敷・六栗村古城
【歴史】永禄年間(1558〜1570年)初期、夏目吉久が築き、吉久・吉信〔廣次〕の
居城となる。夏目氏は信濃国伊奈郡夏目村に地頭職を得て夏目氏を名乗り、信泰の時、幡豆
郡六栗へ移住したと云う。下って吉久は松平宗家7代清康・8代広忠・9代家康に仕え、1
568年に没し、明善寺に葬られた。1563年「三河一向一揆」の際、吉久の子夏目吉信
は大津半右衛門・乙部八兵衛らと一揆方として野場西城に立て篭ったが、松平伊忠に攻めら
れて落城。その後、吉信は家康に許され、1565年三河・遠江の郡代となったが、157
2年「三方ヶ原の戦い」の際、家康の身代わりとなって討死した。現在は住宅となり、20
23年城址碑が建てられた。
【所感】夏目氏の墓所は明善寺南の道沿いに在ります。城址碑〔夏目屋敷跡〕は明善寺南東
の辻から右2本目の道(六栗城址の看板有り)を入ると、左手に巨大な城址碑があります。
長らく屋敷跡の場所が不明でしたが、やっと城址碑が建ちました。
六栗城址碑・幸田町六栗字中屋敷
六栗城址の看板・幸田町六栗字中屋敷
六栗城址の看板・幸田町六栗字本郷
夏目次郎左衛門吉信〔廣次〕旌忠碑・浜松市中区布橋