三河 西広瀬陣屋
Nishi Hirose Jinya
西広瀬陣屋跡【愛知県豊田市西広瀬町上海道】
【立地】丘地
【歴史】1641年、青山信濃守幸正が5000石でこの地の代官になったことに始まる。
1686年その子幸豊〔駿府城代〕が継ぎ、1720年青山美濃守幸亮を経て、1760年
青山百助が5000石で陣屋を構える。その後、幸賢−幸宜−幸股と続き、三之助で明治を
迎える。現在は雑木林に変わり、遺構は無い。
【所感】矢作川に沿って走る県道11号線と藤岡飯野へ向かう県道350号線が交わる西広
瀬町信号交差点を北へ曲がり、県道350号線を350m程進んだゲートボール場から西方
に見える尾根端が陣屋跡とされる場所です。陣屋は城跡に築かれること多くありますが、西
広瀬陣屋跡は西広瀬城跡の北方300m辺りです。
西広瀬陣屋跡辺り