三河 則定陣屋
Norisada jinya
則定陣屋跡・則定小学校【愛知県豊田市則定町本郷5−1】
【立地】山麓
【歴史】1600年「関ヶ原の戦い」で家康に従事した酒呑城主鈴木重次が(1558〜1628年)
、1602年頃、旧領加茂郡内に於いて500石を得て陣屋を構えたことに始まる。長男重三は出家し
て正三と号し、弟重成が継ぐ。1615年重成は200石を加増され、1637年「天草の乱」で戦功
を挙げ、1638年初代天草代官に命ぜられる。1680年重祐は佐渡奉行となり、上総国長柄郡内3
00石を得て1000石の旗本となる。重祐の後、祐政−政成−庶政−和政−寧政−親之介と明治まで
存続したと云う。鈴木三郎九郎家。現在は小学校となり、曲輪、石垣が残る。
【所感】則定小学校は陣屋跡として知られていますが、今は鈴木正三記念館・鈴木正三史跡公園・正三
みちロマンコースなどが出来、椎城跡・則定城跡も含めた散歩コースがあります。石垣は学校の敷地を
支持するように在ります。
則定陣屋跡・則定小学校〔写真:左〕石垣〔写真:右〕