遠江 匂坂城
Sagisaka castle
匂坂城跡【静岡県磐田市匂坂上】
弥富工業【静岡県磐田市匂坂上1030】
ワイエス磐田【静岡県磐田市匂坂上1043−1】
岩田小学校【静岡県磐田市匂坂中987】
匂坂城跡碑・匂坂館跡【静岡県磐田市匂坂中】
匂坂代官屋敷跡【静岡県磐田市向笠竹之内】
【立地】丘城
【歴史】1532年社山城主匂坂〔鷺坂・向坂〕六郎五郎長能の築城とされる。1535年
遠州中尾生城、1551年三州長沢城、1554年三州岡崎城攻めで軍功を挙げ、1561
年三州牛久保城攻めに参戦。長能は今川氏輝−義元−氏真に仕え、1566年城内で没した
。1568年嫡男政信・次男吉政は徳川家康に仕え、1570年「姉川の戦い」の際、匂坂
兄弟は織田・徳川連合軍として参戦し、戦功により政信は織田信長より長の一字を賜り、長
親と改名した。1572年10月武田信玄の遠州侵攻の際に落城し、穴山信君(梅雪)が入
ったと云う。城跡は山林・工場などに変わり、居館跡は畑地になっている。
【所感】磐田原台地西端に位置する匂坂城跡は、嘗て、匂坂上字大土居に幅3〜4m、深さ
1.5m、南側の堀が東西100m、東の端から北へ延びる堀と土塁が残っていたそうです。
残念ながら現在は消失しており、その場所もよく分からないので、この辺りということで撮
影しました。南西麓(岩田小学校南の区画)に匂坂城跡の石碑が立っています。この城跡碑
の背後に広がる畑地が館跡とされ、匂坂城から800mも離れているので、有事の入城に時
間が掛りそうです。向笠地区には、1707年〜代々高木筑後守の代官を務めた匂坂氏の代
官屋敷跡もあります。
匂坂城跡碑・裏の畑地が居館跡
匂坂城跡辺りか・弥富工業
匂坂代官屋敷跡の看板と標柱