尾張 重吉城
Shigeyoshi castle
重吉城跡【愛知県一宮市丹陽町重吉字城戸】
丹陽中学校【愛知県一宮市丹陽町三ツ井字鬼ケ島6】
【立地】平城
【別称】三ツ井重吉城・尾藤源内重吉城・尾藤城
【歴史】大永年間(1521〜1528年)、信濃国より来住した尾藤源内重吉〔〜157
0年9月20日〕の築城とされる。1570年重吉・重房兄弟は森可成に従い、宇佐山城外
で朝倉・浅井軍と戦って討死している。異説として、この戦いで戦死したのは重房のみで、
永禄年間(1558〜1570)、信長によって重吉城が落ち、重吉は三河へ逃れて奥平信
昌に属し、三河国見代で武田勢と戦って討死したとある。1584年「小牧、長久手の戦い
」の際、重吉城と小折城は、小牧山を本陣とする信雄・家康軍の付城として機能していたと
云う。現在は城址碑が立つ。
【所感】県道153号線、県道155号線が交差する重吉信号三叉路の南150m程の道上
に「重吉城跡」の看板が在り、矢印が指す林に城址碑が在ります。丹陽町中学校の南東方向
です。重吉城の“重吉”は尾藤重吉の“重吉”ではなく、地名の方が先にあったようです。
尾藤源内重吉城跡の石碑・重吉城跡の石碑