遠江 島田陣屋
Shimada Jinya
島田陣屋跡【静岡県島田市柳町】
島田宿上本陣跡・ホテル三布袋【静岡県島田市本通3丁目5−5】
島田宿中本陣跡・天野屋呉服店【静岡県島田市本通3丁目5−51】
島田宿中本陣跡・おび通り【静岡県島田市本通4丁目2−3】
【立地】平地
【別称】島田代官所
【歴史】1616年駿府城主徳川頼宣の代官であった長谷川藤兵衛長親が屋敷を構えたこと
に始まり、駿河国志太郡・遠江国榛原郡などの天領統轄が目的である。1642年長親の子
長勝が代官職に任命され、島田宿の裏に3184坪を拝領して陣屋を建設。長勝の後、16
55年長春−1678年勝峯が勤めた。5代将軍家綱になると、在地性の強い世襲代官が不
正糾弾され、処分が多かった時代で、勝峯は罷免、1692年遠江国川井代官所へ転任を命
ぜられた。代わって野田秀成が代官に着任するが、1698年遠江中泉陣屋出張陣屋→17
22年田中領預領〔陣屋は空家〕→1742年三河赤坂陣屋出張陣屋として使われた。次に
、1770年若松直右衛門純睦→1782年若松主税純春→1788年野田松三郎政晟が着
任、1794年政晟の駿府代官転任に際し、島田代官所は駿府代官所に併合された。同年駿
府紺屋町出張陣屋となり、1869〜1871年静岡藩郡役所として使われたが、1875
年に焼失した。陣屋跡は柳町の南エリア、駐車場、住宅、お店に変わり、遺構は無い。
【所感】旧東海道の県道34号線沿いに島田宿上本陣・中本陣・下本陣が並び、下本陣の背
後に島田陣屋〔島田代官所〕がありました。現在、柳町駐車場の南東角に「御陣屋跡」碑、
横の「島田陣屋(代官所)跡」の看板に陣屋の歴史と範囲が記されています。

御陣屋跡碑・島田陣屋跡・柳町駐車場〔有料駐車場〕

島田宿 上本陣跡碑・村松九郎治家・ホテル三布袋

島田宿 中本陣跡碑・大久保新右衛門家・天野屋呉服店

島田宿 下本陣跡碑・置塩藤四郎家・おび通り
