遠江 富田城
Tomita castle

      富田城跡【静岡県菊川市富田】
菊川カントリークラブ【静岡県菊川市富田230】

【立地】丘城
【別称】長行山城

【歴史】築城年は定かではない。菊川×富田川合流点の北に位置する城山〔標高77m、比
高42m〕に築かれた城である。遠江に侵出した徳川家康は、1569年今川家旧臣の大村
弥兵衛に菊川市和田・西方を与え、一族の大村弥十郎に菊川市吉沢・潮海寺を安堵した。こ
の時期、今川氏真が逃げ込んだ掛川城攻めの最中であり、今川家旧臣を味方に取り込み、高
天神城主小笠原氏助の配下としていた。吉沢は富田城の隣地であることから、弥十郎が城番
にしたと考えられるが、1574年武田勝頼が高天神城を攻略すると、弥十郎は武田氏に従
属した。現在は茶畑、山林、ゴルフ場となり、曲輪、堀切が残る。

【所感】菊川カントリークラブ南東端の道が尖った場所に[富田城0.1km]の看板があります
。看板の通り、100m程歩いた突き当りの上に本曲輪、左へ進むと腰曲輪〔茶畑〕が2段
、右へ進むと弘法堂が在ります。先ず、左へ進んで腰曲輪方面へ向かうと、本来であれば本
曲輪北側の腰曲輪〔茶畑〕2段が確認出来るはずですが、耕作放棄地となって茶の木が密生
して入れない状態でした。本曲輪から行ける可能性に期待しながら、次に弘法堂方面に向か
いました。竹藪も含めてこの一帯が二の曲輪とされる場所ですが、範囲が明確ではありませ
ん。弘法堂の南下に腰曲輪〔竹林〕もあります。本曲輪の南側に長い堀切があり、本丸の南
東に回り込んで直登すると、坂虎口があります。本曲輪も腰曲輪〔茶畑〕と同様に中に入れ
ないほど笹が密生しており、笹を避けながら東尾根に乗っかると、先端手前に堀切が1条あ
ります。北尾根の二重堀切に行くために笹が密生する本曲輪を避ける必要があるので、東尾
根から本曲輪の斜面〔獣道〕を渡り歩いて北尾根へ向かいました。北尾根の付け根に1つ、
奥に2つ目の深い堀切があり、二重堀切の確認が出来ました。笹をなぎ倒して2段の腰曲輪
が撮れないか?再度、挑戦しましたが、やはり荒廃が激しく、撮っても意味が無いので諦め
ました。地元の方のご厚意で入口周辺の笹が刈られていましたが、本曲輪と腰曲輪2段、特
に茶畑は私有地と思われるので、手が付けられないと思いますが、いつか全てを刈り取って
遺構が容易に確認出来る状態になることを祈っています。




登城口



腰曲輪への道



茶畑の耕作放棄地



弘法堂・本曲輪への道



二の曲輪





弘法堂・二の曲輪



本丸南西側の横堀



本丸南東端の虎口



本曲輪・密生する笹



東に伸びる本曲輪



東尾根



東尾根の堀切





北尾根の二重堀切