美濃 妻木城
Tsumagi castle
妻木城跡【岐阜県土岐市妻木町上郷】
渥美屋【岐阜県土岐市鶴里町1666−5】
喫茶食事 志乃【岐阜県土岐市鶴里町1671−1】
名岐国際ゴルフ倶楽部【岐阜県土岐市妻木町3059−1】
崇禅寺【岐阜県土岐市妻木町56】
【立地】山城
【県指定史跡】
【歴史】城山〔標高409m・比高190m〕に築かれた山城である。築城年代は、土岐明
智彦九郎頼重〔頼基の子〕が祖父美濃守護職土岐伯耆入道頼貞の遺領を継いだ1339年頃
と云われてきたが、発掘調査から1400年代中期〜後期の築城とされる。下って、妻木頼
安の子廣忠(廣忠の娘が明智光秀の妻とも)は明智氏に従ったが、1582年「本能寺の変
」の後、近江坂本で秀吉軍に攻められて自刃した。その子貞徳は信長の馬廻をしていたが、
頼忠に家督を譲って自身は隠居した。1600年「関ヶ原の戦い」で東軍に属し、戦功を挙
げた頼忠〔家頼〕は、1601年旧領妻木を安堵された。1615年「大坂夏の陣」に参戦
。1623年頼忠没後、頼利が土岐郡内7500石得て、1636年江戸から妻木に戻った
。1652年頼次が家督を継ぎ、弟幸広に500石を分与した。1658年頼次は嗣子無く
没した為、妻木家断絶、廃城となる。1659年幸広は「先祖の旧地」であることを理由に
妻木に所領を与えられたが、具体的な場所は不明。現在は曲輪・土塁・堀切・石垣・井戸跡
などが残り、近くの崇禅寺に移築城門が残る。
【所感】国道363号線×県道19号線が交わる丁字路〔渥美屋・志乃が在る場所〕から県
道19号線を3.7キロ北上、左手の名岐国際ゴルフ倶楽部の門(妻木城跡の看板有り)を入
ります。140m走った三叉路(妻木城跡の看板有り)を右へ入ります。砂利道+舗装路を
1.3キロ走ると、城池の先が終点の駐車場です。大河ドラマの影響もあり、城跡入口に縄張
り図のチラシが置かれています。城内はよく整備され、石垣、堀切、土塁、井戸などの標柱
が立ち、コンパクトながら楽しめる内容になっています。北麓の妻木城士屋敷跡は県道38
8号線沿いに駐車場が有り、急斜面の山道になりますが、こちらからも登城が出来ます。

名岐国際ゴルフ倶楽部入口・妻木城跡駐車場入口・県道19号線沿い

三叉路・妻木城跡駐車場入口

妻木城跡駐車場への道

妻木城跡駐車場

妻木城跡入口

登城道

登城道脇の巨石

伝南曲輪北側の堀切

伝南曲輪

花崗岩の巨石群と節理(割れ目)


一の曲輪東側の横堀と土塁


三の曲輪(伝追手門)

三の曲輪から見た妻木地区の景色

二の曲輪枡形虎口



二の曲輪



一の曲輪×二の曲輪間の石垣


一の曲輪枡形虎口


一の曲輪

城山八幡神社と伝物見杉・一の曲輪

伝旗立岩・一の曲輪


一の曲輪南側の腰曲輪

一の曲輪西側の伝蔵跡

井戸跡

伝太鼓櫓入口・堀切?

伝太鼓櫓

伝太鼓櫓西側の横堀

伝太鼓櫓南側1本目の堀切

矢穴が空いた巨石・伝太鼓櫓南側1本目の堀切

伝太鼓櫓南側2本目の堀切

伝太鼓櫓南側の曲輪・南西曲輪群]郭

南西曲輪群]U郭

伝馬場・南西曲輪群]T郭

南西曲輪群]V郭

南西曲輪群南端の堀切・]V郭南側

伝御釜屋

三の曲輪西側の小曲輪

御殿からの登城道

御殿からの登城口・妻木城跡仮登山口


御殿の蔵跡

御殿を囲む裏手の石垣


御殿上段背面の石垣


上段・御殿跡


上段を支える石垣・御殿跡





中段・御殿跡

中段の井戸跡・御殿跡

中段の池跡・御殿跡

御殿中段を支える石垣




中段の枡形虎口・御殿跡

門跡・御殿跡


下段・御殿跡


御殿下段を支える石垣

士屋敷跡の井戸跡

井戸跡が在る士屋敷の区画
