三河 和名城
Wana castle

     和名城跡【愛知県田原市堀切町和名山】
     寅之神社【愛知県田原市堀切町和名山3】
伊良湖東大寺瓦窯跡【愛知県田原市堀切町西畑17】

【立地】山城
【別称】和名の城・和名山城・城山

【歴史】城山〔標高138m、比高130m〕に築かれた山城である。築城年、築城者は定
かではない。1335年以降、足利一門の吉良氏・仁木氏・今川氏・一色氏らが北朝方とし
て三河各地を領有して猛威を振る中、渥美半島も一色氏の勢力が広がり始めた。渥美半島先
端は伊勢神宮領にあり、檜垣氏が重責を担っていたが、1344年桧垣家の所領権争いが起
こり、長子国行は南朝方、二男繁行は北朝方に分かれて争うことになった。この紛争に一色
範氏が介入して北朝方の繁行を援けている。高木・堀切・小塩津の郷は国行・繁行・行古の
三兄弟で分割領有していることから、堀切を得た繁行が築城した説もある。太平洋戦争時、
和名城跡に監視哨が造られ、曲輪や斜面が削られ、遺構が不明確になっている。現在は山林
となり、曲輪、堀切が残る。


【所感】和名城跡はこれまで遠景のみでしたが、いつか登って遺構を確認したいとずっと思
っていました。訪城者が極めて少ない中、皆さん、寅之神社から直登されているようなので
、私も寅之神社旧社殿右手からダメ元で登ってみることにしました。既に旧社殿辺りで標高
30mを越えているので、残り100mを登ることなりますが、これが中々の急斜面で、ト
レッキングポール1本で挑みましたが、2本にすれば良かったと後悔しました。幅広い尾根
の中央付近を歩き、時々、スマホで方位を確認しながら北西方向を目指して登りました。標
高110m辺りに来ると、人が斜面を削って造ったような平坦地〔穴もある〕があります。
縄張図にもありますが、目的はよく分かりません。この辺りから木々の密度が下がり、斜面
も少し緩やかになります。山頂手前にも横に長い平場がありますが、これもよく分かりませ
ん。山頂辺りに着くと、目の前に切岸のようなものが見え、縄張図を確認して自分が立って
いる場所が本曲輪を囲む帯曲輪であることに気付きます。本曲輪は平坦度が低く、南や西に
段差があるのに対し、帯曲輪は一辺除いて本丸に比べて良好であることが分かります。私が
考える城跡の遺構はこの周辺だけと思います。帰りも途中で方位を確認しながら下山します
が、私は少し東に下ってしまい、麓の知らない山道へ出ましたが、道成りに下り、看板を見
付けて神社に戻りました。城か戦争遺構か分からない状態でしたが、健脚でない私が訪城を
達成出来たことに喜びを感じています。





城山(和名城跡)と寅之神社



寅之神社





寅之神社奥宮までの石段



寅之神社旧社殿





直登・急斜面



直登途中の平坦地



直登・緩斜面







本曲輪を囲む帯曲輪





本曲輪の様子



本曲輪内の井戸らしき穴



太平洋戦争時の爆弾穴?